中国研究機関の出願特許

2021年7月7日
アジア特許情報研究会:伊藤徹男

1.はじめに

中国の出願人の中でも研究機関から活発な出願が続いています。本稿では、主要な研究機関の出願状況について、中国全体の状況とともにその概略を紹介します。また、中国人民解放軍(以下、単に人民解放軍という)の出願特許は医学・バイオ関係の出願も多く、その点から研究機関と捉え紹介しています。
人民解放軍の解析については、もとよりの組織や役割など、軍事的な、あるいは政治的な内容について触れるものではなく(それを論じるだけの資料や知見も手元にはない)、また、そのような観点からの調査はするつもりもありません。あくまでも知財情報研究者として特許データベースを検索して得られたデータに基づいてその出願動向や出願分野について、主として医学・バイオ関係の出願が多いことに関心を持ったので紹介しておきたいと思いました。

2.中国専利出願推移

中国特許庁から公表された出願統計の数値を基に2000年以降の専利(特許、実用新案、意匠)の出願推移を図1に示します。

図1.中国専利出願推移(但し、2020年は1月~11月のデータ)

通常であれば3月~4月頃には昨年の12月のデータも補充されて2020年の出願数もカウントできるのですが、図1は2020年11月までのものです。したがって、12月分が上積みされれば特許では150万件、実案では280万件ほどにはなるのでしょうか。実案が相変わらず驚異的な伸びを示しているのに対し、特許は横ばいの状況です。

参考までに2020年と2020年12月の出願状況を中国版CNIPRから求めた数値を以下に示します。(2021年6月30日現在)

表1.2020年の出願数

中国特許庁の出願数(図1)は出願受理数、表1はデータベースに搭載された公開、登録数です。公開(登録)前に取下げたり、方式審査で拒絶され、放置して見做し取下げなどになったものはデータベースには搭載されませんのでどうしても差が生じます。さらに出願日基準ではデータベースの情報更新のたびに(CNIPRでは火曜と金曜にデータが追加)数値も変動しますので要注意です。

そこで、データベースに搭載された公開特許の2015年以降の公開日基準の公開特許数を表2に示しました。2020年での公開特許ランキングです。
中国特許庁の統計は研究機関、企業を問わず事業所単位での出願をそのままランキングしていますので、中国科学院やファーウェイなど大組織の出願も名寄せされず事業所単位でカウントされると上位にランキングされない場合もあります。表2では日本で一般的に解析されるように企業、研究機関ごとに名寄せをしたものです。

表2.中国公開特許ランキング(公開日基準)

3.研究機関の出願推移

表2でもお分かりのようにグレーで示した大学などの研究機関の出願も一定の割合を占めてきました。法人個人別の出願推移などはこれまでにも紹介してきましたが(参考図1)、法人の内の研究機関の出願割合については触れてきませんでした。中国科学院や人民解放軍などは膨大な下部機関(部署)からの出願で構成されていますので大学などと共にそれら「研究機関」の出願実態の一端を紹介したいと思います。

法人とその内の研究機関の出願推移を図2に示しました。公開特許の法人中の研究機関の比率は2000年13%程度でしたが、2020年では27%と、徐々にその比率が上昇しています。

図2.研究機関の出願推移

表2のランキング表の内、中国科学院、人民解放軍、浙江大学、精華大学のランキング上位4研究機関の公開特許、登録特許、実用新案の推移を図3に示しました。

図3.ランキング上位4研究機関の出願推移

全体の特許公開数は発行日基準でも2018年以降横ばいになっていますが(図2)、中国科学院、人民解放軍の出願は大きく伸びています。

図3から人民解放軍以外の実用新案の出願は少ないことが分かります。実用新案について2018~2020年までのランキングを表3に示します。表3の左には2011~2020年の積算ランキングも示しました。人民解放軍は実用新案にも重点を置いていることが分かります。

各大学とも実用新案にはそれほど力は入れていないようですが、山東科技大学(表左のランキング10位)のように2012年には2500件もの実用新案出願でランキングTOPになった大学もあります。その後は徐々にランクを落としていますが、特許より実用新案に重点を置いている特異な存在です(図4)。もちろん、企業においても特許より実用新案の出願数が多い、というところはたくさんあります。

また、表3には権利ある有効な実用新案の維持率も示しましたが(2020/2現在)、人民解放軍や山東大学などの維持率が低い機関がある反面、浙江大学のように維持率81%と高いところもあります。

表3.中国実用新案ランキング

図4.山東科技大学の出願推移

4.各研究機関の下部組織からの出願

中国科学院、人民解放軍では表4に示すように中国科学院および人民解放軍についてはそれぞれ数百の下部組織からの出願があり、浙江大学、精華大学でも下部組織からの出願を表5に挙げました。いずれも2000~2020年公開特許数です。

表4.中国科学院および人民解放軍の下部組織からの公開特許

表5.浙江大学および精華大学下部組織からの出願

また、精華大学においては他の出願人との共願が多いのも特徴となっています。

表6.精華大学の共願人

5.人民解放軍の分野別出願

2000~2011年までの公開特許を元に2012年以降の中国特許セミナーで中国人民解放軍の出願状況をコラム的に紹介し、そこでは、医薬、医学系の出願が多いのでその分野の出願担当者は人民解放軍の出願もよくウォッチした方がよい、としてきました。(参考図1~2)
人民解放軍の出願というと「兵器など軍事的な出願がほとんどでは?」、というイメージがありますが、「人を効率的に殺戮する方法」など中国においても公序良俗に反するような出願はできません。医学関係以外の部署、例えば「人民解放军火箭军工程大学:人民解放軍ロケット軍工学大学)」からの出願も「飞行器机翼重量计算方法及装置(航空機の翼重量を計算するための方法と装置)」など航空機を製造する企業などからと同様の出願がほとんどです。

そこで、ここでは2012年以降のセミナーで紹介してきた(医学関係の出願が多いという2011年以前の)内容のその後の分野別出願の推移も確認すべく、改めてIPCとWIPO技術分類(35分野)について調べてみました。

1)IPC分布

図5に公開特許と実用新案について2010, 2015, 2020年各年のセクションA~Hの状況を示しました。その結果、公開特許においてはG分野の伸びが顕著であることがわかりました。
セミナーで紹介してきた2000-2011年公開特許6789件のサブクラスの動向(参考図1)を参考に、一部データは重複しますが2010-2020年公開特許34,331件のサブクラスについて比較しました(図6)。
やはり、2011年以前に比べA61K, A61Pの伸びもさることながら、G01N, G01FなどG分野の伸びが押し上げの要因であることがわかりました。

実用新案についても2000-2020年登録30,260件をサブクラスでランキングしたものを図7に示しました。上位分類はA61B, A61M, A61F, A61Gと若干異なりますが、A61が約50%を占めます。

図5.IPC分布(セクション)

図6.特許IPC分布(サブクラス)

A61K:医薬用,歯科用又は化粧用製剤
A61P:化合物または医薬製剤の特殊な治療活性
C12N:微生物または酵素
G01N:材料の化学的または物理的性質の決定による材料の調査または分析
G06F:電気的デジタルデータ処理
H04L:デジタル情報の伝送
A61B:診断;手術;個人識別
G01S:無線による方位測定;無線による航行;電波の使用による距離または速度の決定

図7.実用新案IPC分布(サブクラス)

A61B:診断;手術;個人識別
A61M:人体の中へ,または表面に媒体を導入する装置
A61F:血管へ埋め込み可能なフィルター;補綴
A61G:病人または身体障害者に特に適した輸送,乗りもの

2)WIPO技術分類

観点を変え公開特許についてWIPO技術分類からも見てみました。WIPO技術分類は35分野からなる細分類とそれらを大雑把にまとめた大分類からなっています(表7)。それぞれの細分類に1つあるいはそれ以上のIPCが割り当てられており、先に見た単一のIPCと異なり、複数のIPCから凡その技術を特定しています。ビジネス方法(G06Q), 半導体(H01L), 基本電子素子(H03), 生物材料分析(G01N033)のように単一のIPCからなるもの以外は複数のIPCが割り当てられています。

表7.WIPO 35分類

(https://www.e-stat.go.jpよりダウンロード)

大分類による2001年以降の推移を表8に示しましたが、分野別の特徴を反映しきれていません。

表8.WIPO大分類のよる人民解放軍公開特許推移

表8上部の2005, 2010, 2015, 2020は以下の範囲の公開特許収録を示します。
2005:2001-2005年公開
2010:2006-2010年公開
2015:2011-2015年公開
2020:2016-2020年公開

そこで少し見にくくなりますが細分類での推移で確認することにしました(表9)。表上部の2005, 2010, 2015, 2020は表8と同様の期間を指します。
医薬・バイオなどの出願数は多いものの2011-2015年と2016-2020年を比較すると、それほど大きな伸びは見られませんが、他方、通信分野、コンピュータ、計測技術などでの伸びが顕著です。これは人民解放軍の出願だけでなく、一般の企業からの出願傾向と同様です。

表9.WIPO細分類のよる人民解放軍公開特許推移

6.人民解放軍各機関(部署)における出願状況

人民解放軍の膨大ともいえる各機関すべての出願状況を紹介することはできませんので、出願ランキング上位の機関(名寄せしたもの)についてまず概観し、医学・バイオ関係を多く出願している機関(部署)について抽出してみました。

人民解放军から出願されている2000-2020公開特許 38,297件の内訳を名寄せしてランキング順に示したものが表10となります。
医学・バイオ関係の出願としてA61, C12, G01NのIPC分類の出現数もカウントしてみました。また、表中、名称からして医学関係機関と思われるものを太字で示しました。

表10.人民解放軍各機関の出願数

医学関係機関については、やはりA61, C12, G01N分野の出願が多いことを確認できましたが、その他の陸海空軍や军事科学院でもその分野の出願が見られます。そこで、それら機関の下部組織の出願状況を確認しました(表11)。参考情報として医学関係機関である「军事医学科学院」下部組織の出願状況も示しました

表11.医学・バイオ関係の下部組織

やはり、それぞれ医学関係の下部組織を有しており、主としてこれらからの出願であることも確認できました。

7.参考情報:出願人名称の変更確認

ここで出願割合が比較的多く、名称が類似している「国防科技大学」と「国防科学技术大学」が単に名称を改めただけで同一出願人であるかどうかを、やはり中国出願TOP10を維持しているOPPOの名称変更と比較してその出願推移を確認しました(表12)。

2020年公開特許5,016件を出願し、中国出願ランキング8位(表2)の「OPPO广东移动通信」は(英表記はGUANGDONG OPPO MOBILE TELECOMMUNICATIONS(OPPO GUANGDONG MOBILE TELECOMMUNICATIONS))2012年から出願しています。また、「广东欧珀移动通信」という出願人名もあり、2018年まで出願し、2019年出願以降は存在しません。しかし、英表記および出願人住所も同じですので、社名を変更して一部期間は重複して出願しているようです(出願人住所は出願人名が同一でも事業所(本社)を移転するなどもありますから必ずしも特定できるとは限りませんが)。

では、似たような名称の「国防科技大学」と「国防科学技术大学」はどうでしょうか。同様に出願年で公開特許の推移を追ってみました。
やはり、国防科学技术大学での出願は2017年までで、こちらも出願人コードおよび住所とも同じ(410073 湖南省长沙市砚瓦池正街47号)で英表記も同じ(NATIONAL UNIVERSITY OF DEFENSE TECHNOLOGY)だったので名称の変更があったことがわかりました。したがって、名寄せして統計を取る必要があります。(中国特許庁統計では名寄せされません)

表9.出願人名称の変更確認(出願年基準公開特許)

太字が現時点(2021年)での新出願人名です。
2000-2020年公開特許
国防科技大学:3,122件
国防科学技术大学:4,143件
国防科技大学+国防科学技术大学:7,265件(名寄せ)

8.まとめ

中国研究機関の出願解析として、2020年出願ランキング上位4機関(中国科学院、人民解放軍、浙江大学、精華大学)を取り上げ、出願推移を解析しました。その中でも特に、医学・バイオ関係の出願が多い人民解放軍については、セミナーでもその概要を紹介している関係から2011年以降のその後の状況を多少詳しく解析しました。その結果、

①中国特許出願が2018年以降横ばいの状態にあるにも拘わらず、中国科学院、人民解放軍の公開特許は出願を伸ばし、人民解放軍については実用新案の出願も中国科学院や他の大学に比べて積極的であることもわかりました。

②大学における実用新案出願は比較的低い中、山東科技大学のように2012年には2500件もの出願をし、その年のランキングトップとなりましたが一時的であり、2016年以降は1000件程度で推移しています。
また、実用新案の維持率(権利ある有効な実用新案を保持)は人民解放軍や大学の多くが40%未満と低い状況であるが、中国科学院は58%とやや高い維持率となっています。

③医学・バイオ系の出願が多い人民解放軍の出願についてIPCおよびWIPO技術分類を基に解析した結果、2011年以前の出願に比べA61K, A61Pの伸びもさることながら、G01N, G01FなどG分野の伸びが顕著であることもわかりました。
それら医学系出願は、军事医学科学院や第二军医大学などの各医学大学の他、陸海空軍の医学関係下部組織(陆军军医大学など)からも出願があることがわかりました。

したがって、人民解放軍からの出願は、特に軍事技術に関するものが多い訳でもなく、他の研究機関同様、民生機器や技術に関するものがほとんどで、既に紹介したように医学・バイオ関係の出願が比較的多い、という特徴があります。
もちろん、民生技術や医学・バイオ技術が軍用に転用される場合もあるでしょうが、それは民間から出願された一般の出願も同様です。

人民解放軍各機関からの出願も、本来は出願推移まで追跡し、最近の出願はない、最近急激に出願数を増やしているなども明らかにするとよかったかもしれません。また、さらに人民解放軍と共願している大学や民間企業など共願関係もこの機会に紹介すべきだったかもしれません。

中国特許、実案の内国出願の維持率は低い(特許では10年以上、実案では5年以上維持しているものは多くない)ということから登録状況や現在生きている有効特許などにも言及すればよかったかもしれません。さらなる解析は次回以降に譲りたいと思います。

特に、医学(医薬)・バイオ関係分野の担当者は、先行技術調査、権利侵害調査において問題になる出願、参考になる出願がされていないかどうか人民解放軍の出願についても精査すべきと思います。

8.参考図

2000年~2011年出願の人民解放軍公開特許を中国版CNIPRで簡易解析したもの(2012年) 参考図1.人民解放軍出願分野①

参考図2.人民解放軍出願分野②

以上