異表記・誤訳 出願人編(その2)

2021年4月16日
アジア特許情報研究会:伊藤徹男

1.はじめに

中国特許出願人の異表記とスペルミスに続いて、ここでは出願人の誤訳問題を取り上げたいと思う(取り上げる「中国特許」は、断りのない限り中国大陸特許を指す)。
英語で抽出した特許が中国語公報を見たら違う出願人だった、というものです。前回も紹介したように「LG ELECTRONICS」と検索したら共願人でもないのに三星电子、LG化学、苹果(Apple)の特許だったという例です。INFOPRO2016で紹介した古い情報ですが、再掲します。

表1.LG ELECTRONICSと出願人検索した「LG电子」以外のもの(2016年)

英語表記は筆頭出願人だけで、実は共願人として存在している、あるいは権利を譲渡(またはライセンス)しているがその情報が英語情報に反映されていなかった、というようなことも考えられます。
但し、日本版CNIPRでは、2021/4に共願案件の第2出願人以降の共願人にも英語情報が付与されたようなので共願案件ではほぼ「英語情報≒中国語情報」と、スペルミスの解消と共に大きく改善されました。しかし、Espacenet、台湾特許庁のGPSS、PATENTSCOPEや一部の商用データベースでは即座に対応できないと思われるので2010年3月以前の共願第2出願人の英語情報の欠落、スペルミスなどの誤記などはしばらく残るものと思われます。検索時には留意が必要です。

本稿で扱う問題はそのような共願出願人の英表記欠落や誤記ではなく、INFOPRO2016で紹介したような出願人の誤訳問題です。そこでは、そのような誤表記(誤訳)が生じる要因として以下の4つのパターンを紹介しています。INFOPROなど学会発表のような場では時間の制約もあり、詳細情報を議論できませんでしたので、詳細情報を紹介しながら改めて議論したいと思います。
INFOPRO2016発表内容:http://patentsearch.punyu.jp/asia/INFOPRO2016A33.pdf

Case1:
中国語出願人名の英表記が競合等他社名になっている。
中国語表記出願人と英表記出願人間には他の出願でも共願はない。
法律状態データベースに権利移転、ライセンス情報もない。

「LG ELECTRONICS」と検索して中国語公報を見たら「三星电子」の情報も混在していた。しかし、LG ELECTRONICS(LG电子)とSAMSUNG ELECTRONICS (三星电子)の間には1件も競願したものはなく、権利移転やライセンスの情報もない、というものです。(表2参照)
以下の17件の公報がそれです。しかし、2021年4月時点で日本版CNIPRのデータは正しく「SAMSUNG ELECTRONICS」と訂正されています。
CN03143817.2, CN200310113886.2, CN200310123348.1, CN200410012035.3,
CN200410045725.9, CN200410045726.3, CN200410045728.2, CN200410046443.0,
CN200480020647.5, CN200610073825.1, CN200610073843.X, CN200610093758.X,
CN201580072852.4, CN201610848312.7, CN201611025660.0, CN201611035626.1
CN201611099993.8

その他、「TOYOTA MOTOR or TOYOTA JIDOSHA」と検索すると标致雪铁龙(Peugeot Citroen AN:CN201480035749.8)、现代自动车(Hyundai Motor AN:CN201310271867.6)などが、また、「Mazda Motor」と検索すると本田技研工业(Honda Giken Kogyo AN:CN200510112501.X )、马渊马达(Mabuchi Motor AN:CN02103504.0)などが抽出されていましたが、それぞれ正しく「Peugeot Citroen」などと修正されています。

Case2:
中国語表記出願人と英表記出願人間に他の出願で共願がある。
単願中国語出願人名の英表記が他の出願の共願人名になっている。
法律状態データベースに権利移転、ライセンス情報もない。

「TOYOTA MOTOR」と検索して「日本发条(NHK SPRING)」(AN: CN200710151550.3)や「爱信精机(AISIN SEIKI)」(CN200880105939.7)などが抽出されるというものです。それぞれの公報は日本发条や爱信精机の単願ですが、他の出願では丰田自动车と共願があるケースです。
これらも公開公報では誤った英訳が付与されていても登録公報では修正されている、という場合もあります。

Case3:
権利移転(公開時⇒登録時)情報はあるが、英表記が正しくない。
移転先名の表記に修正されていない。

「CONTINENTAL AUTOMOTIVE(大陆汽车)」と検索したら当然「大陆汽车」の公報が抽出され、2011/11/09の公開公報では「大陆汽车(英訳CONTINENTAL AUTOMOTIVE)」、2015/08/12の登録公報では「依米泰克排放技术协会」と権利移転されているようであるが、英訳が付与されていない、というものです。
AN:CN200980148449.Xの法律状態を調べてみると「专利权的转移(2014.01.29)大陆汽车⇒依米泰克排放技术协会」と確かに権利移転されています。

「TOYO GLASS(东洋玻璃)」と検索し、AN:CN200980158482.0の法律状態を調べてみると「专利权的转移(2013.10.02)东洋玻璃⇒东洋制罐」と権利移転されているが、2012/02/29の公開公報(出願人は东洋玻璃)であり、2014/08/13の登録公報(出願人は东洋制罐)と変更されているにも拘わらず、登録公報の英表記は「TOYO GLASS」のまま、というものです。

権利が移転しているかどうかまで調べるには少し手間はかかりますが、権利判断調査では必ず法律状態やライセンスの有無まで確認する必要があります。

Case4:
権利移転情報が正しく反映されている。

AN: CN201280033031.6の三井化学(MITSU CHEMICALS)の公開公報(公開日:2014/03/12)が、专利权的转移(2016.04.13)三井化学⇒三井化学SKC聚氨酯により、公告公報(2016/04/27)では正しく三井化学SKC聚氨酯に変更されている。但し、検索データベースの公告情報には英表記がありません。

「法律状態データベースに権利移転、ライセンス情報もない。」としてはいますが、権利移転やライセンスが行われているにも拘らずデータベースにその情報が反映されていない、または敢えてそのような情報を公開していない、というようなケースもあるようですので、このような場合には調べようがない、とも言えるかもしれません。
逆に、権利移転情報やライセンス情報がデータベースに公開されているのはほんの一部、と言えるかもしれません。そうだとするとデータベースの情報を信頼して調査している担当者としてはショックです。そのような場合もあり得る、ということを念頭に調査すべき、ということかもしれません。

ここでは事業譲渡やM&Aなどがあり、権利が移転してもデータベースに反映されない、ということはひとまず置いて、データベース上の齟齬について具体例で見ていきましょう。ここで紹介する検索数は日本版CNIPRにおける2021年4月時点の2000-2020年公開特許の数値です。

最も重大なのは英語検索で競合が抽出されるCase1です。これらは異表記でもスペルミスでもなく、誤訳です。具体例を探せばきりがないほどありますが、何故、このような誤訳になるのか不思議です。

2.具体例

1)LG ELECTRONICS(LG电子)

2016年には、共願案件でもないのに「LG ELECTRONICS」と検索して競合である三星电子などが抽出されたのには驚きました。日本版CNIPRが改善された最新の状況を見てみましょう(2021/4現在)。検索式例は以下です。

PA=(LG ELECTRONICS not (LG电子 or LG电子 or 乐金电子)) and PD=(2000 to 2020)
検索式は、英語で「LG ELECTRONICS」とあるが、同時に中国語で「LG电子 or LG电子 or 乐金电子」は存在しない、という意味です。

表2.「LG ELECTRONICS」と検索して抽出されるLG电子以外の出願人

①:2021/3以前の日本版CNIPR、②:2021/4以降の日本版CNIPR、③:LG电子との過去の共願案件数

関連会社と思われる出願人が多いですが、いずれも各社の単願です。何と、日本版CNIPRではもはや現在、2016年の状況が再現できなくなっています。ミスが改善されたのだから喜ぶべきですが(②)、GPSSでは過去のミスがまだ維持されています(①)。
③は、ここに挙げた単願以外にLG ELECTRONICS(LG电子)と共願のある件数を示しています。現時点では表2でマークしたもののみを問題にすればいいことになります。三星电机、微软技术、苹果公司などLG电子と共願のないものは「Case1」に該当し、③の過去にLG电子と共願のあるものは「Case2」に該当するものです。

2)SAMSUNG ELECTRONICS(三星电子)

韓国ではLG ELECTRONICSの競合である「SAMSUNG ELECTRONICS」ではどうか、についても見てみましょう。
2021/4以降の日本版CNIPRの2000-2020年公開特許検索数と過去に共願があったかどうかを示したものですが、共願があったとしてもここに挙げた件数は単願のもので、本来の各出願人の英表記がなく「SAMSUNG ELECTRONICS」とされているものです。
PA=(SAMSUNG ELECTRONIC not三星电子) and PD=(2000 to 2020)

表3.SAMSUNG ELECTRONICSと検索して抽出される三星电子以外の出願人

3)HUAWEI TECHNOLOGIES(华为技术)

中国の代表的な出願人HUAWEI TECHNOLOGIESについても同様に、2021/4以降の日本版CNIPRの2000-2020年公開特許検索数と過去に共願があったかどうかを示したものです。华为技术は過去には特に実案分野では「骅威科技」も使っているようですが、検証は「华为技术」で実施しました。
PA=((HUAWEI TECHNOLOGIES or HUAWEI TECHNOLOGY or HUAWEI TECH) not华为技术) and PD=(2000 to 2020)

表4.HUAWEI TECHNOLOGIESと検索して抽出される华为技术以外の出願人

华为技术の英異表記としては「HUAWEI TECHNOLOGIES, HUAWEI TECHNOLOGY, HUAWEI TECH, HUAWEI TECHN, FUTUREWEI TECHNOLOGIES」などがあり、创想华微科技(CREATORS HUAWEI TECHNOLOGY)や凌海华威科技(LINGHAI HUAWEI TECHNOLOGY)のように出願人英訳中に「HUAWEI TECHNOLOGY」を含んでいるので抽出されるのは無理もないとも言えますが、この2社を含め、ほとんどは华为技术と共願はありません(表4の多くは「华为技术」の関連会社かもしれませんが、そこまで確認できていません)。

4)TOYOTA MOTOR(丰田自动车)

中国での出願数も比較的多いTOYOTA MOTOR(TOYOTA JIDOSHA)についても同様に示しました。
PA=(( TOYOTA MOTOR or TOYOTA JIDOSHA) not丰田自动车) and PD=(2000 to 2020)

表5.TOYOTA MOTOR or TOYOTA JIDOSHAと検索して抽出される丰田自动车以外の出願人

5)その他(2021/4時点の日本版CNIPRでの修正については未確認です)

さらにずぼらになりますが、中国語公報表記とは異なる英表記(誤訳)出願人例をおおよその分野別に挙げてみました。中国語表記出願人と誤訳英表記出願人との間に過去に共願はない案件です(Case1)。

表6.自動車・機械分野

表7.電機・エレクトロニクス分野

表8.化学分野

わずか1,2件のものまで目くじら立てて議論するまでもない、と思われる方もいると思われますが、いずれの出願人も英表記がまったく異なる、場合によっては競合他社の英表記になっていたりすることがありますよ、ということをお知らせしておきたいと思いました。もちろん、中国語出願人名が正規ですから権利が英表記によって左右されることはありませんが、権利移転やライセンスまで調べてみると、なるほど、ということもあります。

また、出願人名の特異な例として以下を挙げることができます。

a)出願人住所が出願人英名になっている。
AN:CN200980110324.8 中国語出願人名「大金工业」、英表記出願人名「UMEDA CT BUILGING」(公開、登録とも)

b) 発明の名称(英語)が出願人英名になっている。
AN:CN200810126576.7 中国語出願人名「日东电工」、英表記出願人名は「LASER BEAM PROCESSING METHOD」
AN:CN201210096264.2 中国語出願人名「富士胶片」、英表記出願人名「ENDOSCOPE APPARATUS」

c) 発明者名が英名出願人名になっている。
AN:CN200910160320.2  中国語出願人名「大日本网屏制造」(DAINIPPON SCREEN)、英表記出願人名「HAYASHI HIROAKI」
発明者名が英名出願人名になっているケースは他にもあり。

d)商標名が英名出願人名になっている。
AN: CN201110460573.9 中国語出願人名「大日本除虫菊」、英表記出願人名「KINCHO K.K.」
登録では「大日本除虫菊; DAINIHON JOCHUGIKU」と修正。

e)その他
AN:CN200910205816.7 中国語出願人名「株式会社牧田」、英表記出願人名「HIRATA CO」
・・牧田をHIRATAと誤訳?
AN:CN03121230.1 中国語出願人名「株式会社高丝」、英表記出願人名「TAKAITO K.K」
・・高丝をローマ字読み?
AN:CN201110463136.2 中国語出願人名「明电舍」、英表記出願人名「AKIRA ELECTRIC YA」
・・明电舍を直訳?
AN:CN99101399.9 中国語出願人名「大八化学工业」、英表記出願人名「DAYA CHEMICAL INDUSTRY」

膨大な中国特許情報を網羅して検証した訳ではないのでさらに多くの誤訳例も存在するものと思われます。無視できるほど些細なことを取り上げて・・、と冷笑されるのも覚悟の上、中国特許情報原稿のコラムとして採用してみようかと。要は上記したような誤訳出願人が存在することを前提に調査すべきということです。
自社の特許が競合他社の英表記になっていないか、あるいは他社の特許の英表記が自社のものになっていないか調べてみるのもおもしろいと思います。

次回から用語の異表記・誤訳を議論したいと思います。

以上