中国特許情報の異表記・誤訳 用語編(その1)

2021年4月21日
アジア特許情報研究会:伊藤徹男

1.中国特許英語データベースと中国語異表記収集

ここで論じる中国特許情報の異表記・誤訳問題は、公報(中国語公報)に表現されている内容を基に作成された英語データベースが如何に正確に翻訳され、提供されているか、そしてその英語情報で場合によっては洩れなく抽出できるかという中で生起する問題です。

出願人が、あるいは代理人事務所で英語から(あるいは日本語その他の原語から)中国語に翻訳する段階で生じた誤訳を基に登録公報が発行されて確定してしまえば、その権利内容は変更(修正)できないことも多い。その事実を指摘して出願内容を無効化できることがある訳であり、用語や出願人を含む公報の表現が様々な中国語で表記されていても(異表記の問題)、正確な内容が表現されていればそれは問題とはなりません。

その公報の内容が(主として外国人のために)英語データベース化されてサービス的な情報として提供されている訳ですが、その際に様々な異表記英語や出願人名、あるいはそれらが誤訳されていることが英語で検索、調査する際に問題となります。その英語情報によって権利内容が定まるものではなく、中国特許に関しての権利内容判断はあくまでも中国語によることは議論の余地がありません。

調査担当者は、そのようなサービス的な英語情報の誤記、誤訳などを補完する形で原語情報(中国語)を抽出するという作業をしなければなりません。前にも触れたように出願前の先行技術調査や特許情報を解析するデータとして検索する場合にまで原語異表記を網羅して調査をしなければならないという訳でもありません。
研究者や知財関係者が「ざっくりと技術内容を把握したい」という場合にまで原語調査する必要はありません。権利判断調査では「洩れなく」ということが求められるために、サービス的な英語情報の例え1件の誤記、誤訳にも留意して調査し、場合によっては(権利判断調査のような場合)には中国語に当たって調査することが求められるのです。

そのような前提のもと、中国特許情報の異表記・誤訳用語編として、まず英語と中国語の異表記について紹介します。中国特許情報が英語に翻訳され、データベース化された英語情報に異表記やスペルミス、誤訳などが欧米の英語情報に比べて多いために調査担当者を悩ましています。
英語用語だけでなく中国語にも異表記が多いものがあります。調査するたびにそれら異表記を集めてはいられないと、実務で利用した用語や出願人名を辞書登録して利用してきました(ゆれたん)。

もちろん、我々日本人が中国特許を検索(調査)する場合の基本は英語検索となりますから英語異表記の把握も重要で、用語の異表記では略号なども欠かせません。また、EPOではドイツ語やフランス語も公用語とされているためにEspacenetやPATENTSCOPEだけでなく商用英語データベースでも英語に翻訳されず(中国特許情報としても)データベースに収録されていますが、そのことに気がついていない調査担当者もいるようです1)

最近では、簡体字中国語に限らず、台湾の繁体字や韓国のハングルなどは英語と原語を収録している台湾特許庁の無料データベースGPSS(Global Patent Search System)を活用し、比較的容易に原語を収集しています。GPSSの現在の難点は、中国や台湾、韓国共に英語情報が充分収録されていないことです(韓国情報では原語であるハングルの収録も不充分)。それでも商用データベースより気軽に使えるので重宝しています。普段商用データベースを使うことをためらっている、あるいは商用データベースを使う機会がない研究者などにもGPSSでの検索を推奨しています。

中国特許情報では、翻訳英語のスペルが長くなるほど誤字や脱字などのスペルミスも多くなり、スペルが長いあらゆる用語に誤字・脱字(誤記)があるといっても過言ではないでしょう。誤訳とも言えるかもしれませんが、ここでは誤記として扱います。そのような英語のスペルミスも中国語で検索すれば無視できることも多いです。ここでは中国特許情報の異表記と誤訳について議論したいと思います。誤訳問題は次回にして、まずは具体的な用語で異表記について検証してみましょう。

2.Polyethylene

1)英語情報の誤字、誤訳問題

2010年以降、(中国語が読み書きできない調査担当者のための)中国特許セミナーとして「中国特許には誤字・脱字および誤訳があるので中国語で検索して英語検索を補完する必要があります」、ということでポリエチレンの20種の誤字および11種の1文字脱字(2文字以上はさらに存在)などを紹介してきました2)。ここでは割愛します。

しかし、これまで紹介した誤字・脱字については、前回も紹介したように日本版CNIPRが2021/4に、特に英語訳について改善されたようですので再検証しておく必要があります。データベースの改善によってこれらの誤字・脱字問題は一掃されたかもしれません。
個々のpolyethyleneの誤字・脱字はさておき、上記20種の誤字、11種の1文字の脱字についてデータベースの改善がどの程度かを2000-2020年公開特許でざっくり見てみました。

残念ながら発明の名称から95件のスペルミスが抽出され、ほとんど改善されていない状況です。出願人では「三星电子」が「LG ELECTRONICS」と英訳されている状況は改善され、正しく「SAMSUNG ELECTRONICS」になっていたのですが、修正は出願人名だけなのでしょうか。そこで、ここでは用語での誤字・脱字などのスペルミスは改善されていないことを前提に議論したいと思います。

2) Polyethyleneの抽出

中国語収集としてセミナーでも最初に紹介する、いまや一般用語となっているポリエチレンです。英語異表記としては、polyethylene, poly ethylene, poly(ethylene)などの他、polythene(ポリエチレンの中国語「聚乙烯」や略称としての「PE」などがpolytheneと訳されています)などがあります。

ポリエチレンに関する技術などを抽出するために英語で「polyethylene or poly ethylene or  poly-ethylene」と検索してもポリエチレン以外のpolyethylene glycol, polyethylene terephthalateなどpolyethylene〇〇なども出てきます。
Polyethyleneの中国語異表記として、聚乙烯, 聚乙稀, 聚乙撑, 多乙烯, 多乙撑, 乙烯聚合を挙げることができますが(「多」は「聚」と同義で使われています。「ポリマー」をweblioなどで調べると「聚合体,聚合物,多聚物」などとあります。)、「聚乙烯」を含む用語を検索すると「聚乙烯醇(polyvinyl alcohol)」や「聚乙烯醚(polyvinyl ether)」などpolyvinyl〇〇とつくものが出てきます。

つまり、中国語の聚乙烯はpolyethyleneやpolyvinylと訳されています。具体的な用語で見てみても以下のように両方に翻訳されています。
聚乙烯组合物(polyethylene composition / polyvinyl composition)
聚乙烯树脂(polyethylene resin / polyvinyl resin)
聚乙烯塑料(polyethylene plastic / polyvinyl plastic)
聚乙烯纤维(polyethylene fiber, polyethylene fibre / polyvinyl fiber, polyvinyl fibre)

もちろん、polyethyleneかpolyvinylのいずれかが通例として使われます。聚乙烯醇は「polyvinyl alcohol(PVA)」と英訳されるのが一般的ですが(一部、ドイツ語的表記のpolyving akoholもあります)、まさか「polyethylene alcohol」と英訳されていないだろうと調べてみると、やはりありました。
GPSSで発明の名称に限定して全世界を対象に (polyethylene alcohol)@ti とやると台湾や韓国はもちろん、US, EPからも抽出されません。中国ならではの英訳のようです。

化学構造的には、ビニル基(CH2CH-R)のRがHであるポリマーがポリエチレンで、RがOHとなったものがポリビニルアルコールです。いずれもビニルポリマーと称されますのでvinyl家が本家でethylene家は分家なのでしょうか。どちらかが正訳でどちらかが誤訳という問題ではありません。どちらが一般的に使われているかの問題です。そこで「聚乙烯」などを含む用語の特許出現頻度を参考までに見てみました。表記の種類の頻度ではなく単に特許出願数(2000-2020年公開特許数)の比較です。

表1.PolyethyleneとPolyvinyl

やはり両方の表記の英訳が存在するようです。

特許情報中には用語などの略称も多用されますが、polyethyleneの略称にはPE以外に以下のものがあります。
・LPE(Linear Polyethylene; 线性聚乙烯)
・LDPE(Low Density Polyethylene; 低密度聚乙烯)
・LLDPE(Linear Low Density Polyethylene; 线性低密度聚乙烯)
・HDPE(High-Density Polyethylene; 高密度聚乙烯)
・HMWPE(High Molecular Weight Polyethylene; 超高分子量聚乙烯, 超高分子聚乙烯)
・UHMWPE(Ultra-High Molecular Weight Polyethylene; 超高分子量聚乙烯)
・UMWHDPE(Ultra-High Molecular Weight High Density Polyethylene; 超高分子量高密度聚乙烯)
・CPE(Chlorinated Polyethylene; 氯化聚乙烯)
・EPE(Expandable Polyethylene, polyethylene foaming; 聚乙烯发泡)
・XPE, XLPE, IXPE(Crosslinked Polyethylene; 交联聚乙烯)
・HBPE(Hyperbranched Polyethylene; 超支化聚乙烯)

略称がわざわざ括弧付きで誤訳されているものもたまにはあります。
PE(polyethylene terephthalate)

3.Polyethylene terephthalate(PET)

中国語異表記が比較的多いpolyethylene〇〇と表記される高分子にペットボトルのPETとして知られているpolyethylene terephthalateがあります。PETはメチレン(-CH2-)2つのエチレングリコール(乙二醇)とフタル酸(苯二甲酸)からエステル化などで合成されます3)。いくつかの中国語異表記の内、「聚对苯二甲酸乙二醇酯」が高頻度で使用され、英語に直訳するとpolyethylene glycol terephthalateとなりますが、一般的にはpolyethylene terephthalateと呼称されることが多いようです。

英語異表記および中国語異表記の出現数を2000-2020年公開特許で表2、表3に示しました。

表2.PET英異表記の出現数

PETGと略称されるpolyethylene terephthalate glycolは、PETの「polyethylene glycol terephthalate」とは異なり、グリコール変性ポリエチレンテレフタレートですので、混同しないよう注意が必要です。

表3.PET中国語異表記出現数

化学分野の特に物質名では、「poly(ethylene terephthalate)」や中国語でも「聚(对苯二甲酸乙二醇酯)または聚(对苯二甲酸乙二醇酯)」(前者は全角括弧、後者は半角括弧)のように括弧で表記れることがそれなりにあります。括弧を含んだまま検索できませんし、括弧を外してpolyethylene terephthalateや聚对苯二甲酸乙二醇酯としても括弧を含んだものは検索できません。

CNIPRでは「poly-ethylene terephthalate」および「聚-对苯二甲酸乙二醇酯」のようにハイフンで検索すれば括弧を含むものが検索できます。GPSSでは英語はハイフンでもスペースでも括弧を含むものが検索できますが、中国語は「聚对苯二甲酸乙二醇酯」で検索すれば括弧を含むものもすべて検索できます(「聚-对苯二甲酸乙二醇酯」のようにハイフン、スペースを使っても同様です)。データベースの検索の癖を把握しておくことも重要です。

表2「poly-ethylene terephthalate」および表3「聚-对苯二甲酸乙二醇酯」は括弧を含むpoly(ethylene terephthalate)および聚(对苯二甲酸乙二醇酯)の存在数です。他の表記でも同様に存在しますがここでは省略しました。②~⑪、⑬は誤記と言ってもいいかもしれません。以下の誤記中国語異表記も存在しますが、詳細情報は省略しました。
聚对苯二甲酸二醇酯(乙が欠落)
聚对苯二甲乙二醇酯(酸が欠落)
聚苯二甲酸乙二酯(对が欠落)
聚对苯二甲酸乙酯(二が欠落)

PETの親戚にあたるメチレンが3つのpolytrimethylene terephthalateはPTTと略称され、メチレンが4つのpolybutylene terephthalateはPBTとも略称され、PETとは区別されます。それぞれ中国語ではメチレン3つのプロピレングリコール(丙二醇)を含んだ聚对苯二甲酸丙二醇酯(または聚对苯二甲酸丙二酯)と表記され、メチレン4つのブチレングリコール(丁二醇)を含んだ聚对苯二甲酸丁二醇酯(または聚对苯二甲酸己二酸丁二酯)と表記されます。
また、PTTやPBTは「PTT(polyethylene terephthalate)」、「PBT(polyethylene glycol terephthalate)」などと括弧つきで誤訳されているものやPE(polyethylene terephthalate)などの誤訳もあります。

polyethylene terephthalateはスペルも長いので、中国特許ではおなじみのスペルミスも確認しているだけで30数種類存在しますが、ここでは省略しました。スペルミスは化学分野だけでなくあらゆる分野の、特にスペルの長い用語には必ずと言っていいほど存在します。英語スペルミスは中国語で検索すればカバーできますので誤訳ともせず問題にしないこととします。
もちろん、中国語にも表3に示したようにスペルミスに相当する誤字(誤記)はあります。

4.まとめ

誤訳は既に紹介したように類似概念の表記が異なる異表記とは違って、概念の異なる用語に翻訳されているものです。権利関係調査では重要な問題です。
化学分野以外の方には少しわかりにくい表現になりましたが、権利関係調査では異表記や類義語を網羅する場合には略表記も含め。そのような点まで考慮する必要がありますよ、ということを紹介しました。
その他の異表記が多い用語、想像もつかないような英語に翻訳されていたり、英語でも中国語でも斜め読みをしているとすっ飛ばしてしまいそうなものまで、日本語的には面白い異表記なども後日紹介したいと思います。次回、まずは中国語の英語誤訳について紹介予定です。

解釈の誤りもあるかと思いますが、ご指摘いただければ幸いです。

参考情報

1)英語データベース中のドイツ語情報

2)http://patentsearch.punyu.jp/asia/CNonepoint.pdf
http://patentsearch.punyu.jp/asia/INFOPRO2019_B32.pdf
http://patentsearch.punyu.jp/asia/CN_lecture1.pdf

3)PET合成法
https://en.wikipedia.org/wiki/Polyethylene_terephthalate

PTT合成法
https://en.wikipedia.org/wiki/Polytrimethylene_terephthalate

以上