PATENTSCOPEのIPC異常について

WIPOが運用するPATENTSCOPEにアジアや新興国の特許情報が各国原語でも収録されるようになりました(2017年8月~)。英語+原語で検索することで商用英語データベースでは収録していない情報が把握できることがあり、実務でもその補完ツールとして度々使うようになりました。

Espacenet同様、何しろ無料で使えるワールドワイドなデータベースですから研究者なども自宅から気軽にアクセスできます。

普段から商用データベースが使える環境にある方には理解できないとは思いますが、多くの特許事務所(大手を事務所を除く)や大学やベンチャー企業の方々にはありがたいツールです。

さて、そのようなPATENTSCOPEにも種々の問題点があります。それら問題点についてはWIPO日本事務所を通じて(場合によっては直接)WIPO本部にお知らせして改善いただいています。今年になって「PATENTSCOPEが改善された様子」との情報もあって早速確認してみました。

ここでは以下の2つの問題について議論します。

1.IPC付与の欠落

収録されたデータにIPCが付与されていない、という問題ではなく、検索して表示される情報にはIPCが存在するのに、そのIPCが検索できない、という問題

2.IPCの表記が異常で検索もままならない

タイやベトナムのIPCが検索できないし、表記もメイングループとサブグループのスラッシュ(/)がダブルスラッシュ(//)と表記されている問題

1.IPC付与の欠落

各国特許庁の元データにIPCが付与されていないものもある、ということについてはJETROの一連のASEAN各国報告書でも紹介しています。そこではマレーシアやシンガポールのデータのIPC欠落が他の国に比べて大きいことが示されています。

もちろん各国から送付されたこのような情報を収録するPATENTSCOPEでも同様です。

「ASEAN6カ国知財庁が提供する産業財産権データベースの調査」

インドネシア

マレーシア

フィリピン

シンガポール

タイ

ベトナム

本稿では、このようなデータベースに最初からIPCが収録されていない、という問題ではなく、検索して表示される情報には該当のIPCが表記され、PATENTSCOPEの解析でもそのIPCが上位にランクされたりするにも拘わらず検索ではヒットしない、という問題です。

3D PRINTERという技術分野があり、その主要IPCとして、B29C64、B29C67、B33Yなどが知られています。下の表はPATENTSCOPEで3D PRINTERの中国特許を技術用語やIPCを使って検索した結果をAnalysis機能でランキングをみたものです。

[PATENTSCOPEのAnalysis機能によるIPCランキング]

このAnalysis機能ではサブクラスまでしか表示されませんが、B29CやB33Yなどが上位にランクされています。そして詳細な書誌情報にも以下のようにB29C64やB33Y30があります。

[PATENTSCOPEの詳細情報]

そこでこの分類を基に(中国特許について)英語や中国語技術用語の異表記を収集することに着手したのですが、B29C67は問題なく検索してそれなりの情報は抽出できるのに、B29C64やB33Yはまったく情報が得られませんでした(検索できない)。

これは大問題と、2018年11月の特許情報フェアで講演されたWIPO本部の方に「PATENTSCOPにこんな問題があります。」と詰め寄りました。「そんなはずはない」、と言うのでWIPOブースでPATENTSCOPEに繋いでAnalysisの結果やB29C64、B33Yを検索しても結果が出ない事実を確認してもらいました。

それでもなお容認できないらしく、「おそらく最近新設されたあるいは更新されたIPCでデータベースに反映されていないのではないか」とのことでした。IPCの新設、更新情報まで把握して検索はしていなかったので(やはりその場で)更新状況を確認しました。

B33Y については2015年に、B29C64については2017年に更新されていることまで確認しました。同じ2017年に更新されたB29C67は検索できます。これ以上議論してもらちが明かないのでWIPOに持ち帰って確認してもらうことにしました。

その後、私の方でも新設、更新IPCを調べ(下表)、PATENTSCOPEでの検索の可否を確認したところマークしたIPCについてはまったく情報が出ない、ということになりました。その結果をWIPOにお送りし、検討してもらいましたが半年以上たった2019年春でも返信いただけなかったので、「ASEAN・東アジア特許調査におけるPATENTSCOPEの徹底活用」という形でその年のJapio Yearbookに投稿させていただきました。

そのような経緯の中、「PATENTSCOPEが改善された様子」と聞きつけたので早速、他の問題点とも含めて確認したところIPCの検索異常は上記IPCについてはすべて解消し、検索できるようになりました。

・・しかし、WIPOから何の連絡もありませんでした。

2.IPCの表記が異常で検索もままならない。

タイのIPCのメイングループとサブグループのスラッシュ(/)がダブルスラッシュ(//)と表記されていた問題です。

やはり1昨年、PATENTSCOPEのタイのIPCがどうやっても検索できない、という状況に陥り困ってしまいました。

IC:(“B32B 27”) and CTR:TH           0件
IC:(“B32B 27/”) and CTR:TH          0件
IC:(“B32B 27/*”) and CTR:TH        0件
IC:(“B32B 27//*”) and CTR:TH       0件
IC:(“B32B 27/30”) and CTR:TH      0件
IC:(“B32B 27//30”) and CTR:TH     0件

[タイ特許庁のデータベース(DIP)とPATENTSCOPEのデータを見比べると]

のようにPATENTSCOPEのIPC表記が異常な状態であることがわかりました。そこで以下のようにサブグループの頭1桁を入力して検索すると検索できました。頭2桁以降を入力すると検索できないのです。

IC:(“B32B 27//0” or “B32B 27//1” or “B32B 27//2” or “B32B 27//3” or “B32B 27//4”) and CTR:TH                586件
IC:(“B32B 27//3*”) and CTR:TH     0件

サブグループ2桁目以降は何でも、とアスタリスクを入れてもだめです。

したがって、メイングループでは検索できないし、サブグループも以下のような形式でないと検索できないことがわかりました。

この事実もWIPO日本事務所を通じ、WIPO本部に伝えると共に、JETRO報告書「ASEANにおける横断検索可能な産業財産権データベースの調査報告」(2019年度版)でも2018年版以降、紹介させていただいています。

同様の現象はベトナム特許のいくらかでも確認できました。

ここでも「PATENTSCOPEが改善された様子」という情報に基づき種々検証してみました。

何ということでしょう。ダブルスラッシュ問題が解決しているではありませんか。

IC:(“B32B27/”) and CTR:TH        463件
IC:(“B32B 27/”) and CTR:TH       463件
IC:(“B32B 27/*”) and CTR:TH     0件 ・・アスタリスクは好きではないようです。
IC:(“B32B27/” or “B32B 27/”) and CTR:TH            463件
IC:(“B32B27/30”) and CTR:TH    30件
IC:(“B32B 27/30”) and CTR:TH   30件
IC:(“B32B27/30” or “B32B 27/30”) and CTR:TH    30件

「ほんとにダブルスラッシュはすべて無くなったの?」と散々ここまで痛い目にあわされてきたので、つい懐疑的になり以下のようにダブルスラッシュについても検証してみました。

IC:(“B32B27//”) and CTR:TH       463
IC:(“B32B 27//”) and CTR:TH      463
IC:(“B32B27//” or “B32B 27//”) and CTR:TH          463件
IC:(“B32B27/” or “B32B 27/” or “B32B27//” or “B32B 27//”) and CTR:TH      463件

のようにシングルスラッシュと同じ件数になりました。

但し、サブグループまで完備した以下の検索式ではダメでした。

IC:(“B32B27//3”) and CTR:TH        0件
IC:(“B32B27//30”) and CTR:TH      0件
IC:(“B32B 27//30”) and CTR:TH     0件

[検索結果一覧]

[詳細情報]

確かに、検索条件は反映していませんが、一応検索できます。本当にダブルスラッシュは抽出されない?とさらに疑って、「IC:”*//*” and CTR:TH」(IPC中に // を含むもの)とやると4691件抽出されました。

検索結果一覧はダブルスラッシュで表記されているけれど詳細情報はシングルスラッシュです。明らかに昨年までとは違っています。

[検索結果一覧]

[詳細情報]

何が何だか分からなくなってきました。まあ正当にシングルスラッシュで検索できるようになったからいいじゃない、と言えばそれまでですが。知財情報研究者としては納得がいきません。

さらにこのダブルスラッシュで検索できるものの存在数だけでも把握してみたいと国別に確認してみました。

IC:”*//*”(全件) 9485件
TH         4691件(143975件中)        約3.3%
VN         3223件(132115件中)        約2.4%
IL          1562件(216408件中)        約0.7%
CN         8件
KE         1件

まあいいか、ととりあえずここまでにしました。

もちろん、WIPOから「IPCのダブルスラッシュ問題は解決しましたよ」という何の連絡もありません。

本稿は、昨年11月発行のJapio Yearbook2019に投稿した原稿を基に再度、考察を加え、最新情報も追加して紹介したものであることをお断りしておきます。その点で既にJapio Yearbook2019の内容も一部が陳腐化し、それを信じている読者には申し訳なく思うと同時にこの世界の情報の流動性には驚かされます。1年も留守にしていたら浦島太郎に・・。

他の文献を見る時にも発行年を確認し、内容が陳腐化していないか、という同様の目で情報を捉える必要性を痛感しました。

以上

伊藤徹男